ディープインパクトが先団で競馬をするのは新馬戦以来。その時は今日阪神メーンのOP競走を逃げ切った、コンゴウリキシオーを直線だけで3馬身ちぎり捨てて見せた。それが怪物伝説の幕開けとなったわけですが、1頭で抜け出したからといって四肢の回転とストライドを鈍らせるような馬ではないだけに、「慣れない競馬だった」とする理屈は当てはまるはずもありません。



僕は直線の武豊の追い出し方がとても気になりました。



ディープインパクトは非常に不器用な馬だと思います。

スタートは良くない。道中も決して大人しく騎手と折り合いをつけながら走るタイプではない。この日も行きっぷりが良すぎて鞍上の武豊が手綱を絞り気味になだめながらの追走でした。3、4コーナーになるとディープの前進意欲を抑えている手綱を徐々に緩めていく。ここからがディープインパクトの快進撃の始まりだ。前との差を徐々に詰めたところで今度は手綱を小指の操作で数ミリずつ絞っていく。ディープはここで四肢を思い切り振り出して、走りのピッチを上げていく。後は直線で武豊の仕掛けを待つのみ。この日もそうでした。



違ったのは直線での武豊の手綱の操作。騎手の手綱の操作に、手綱を馬の首から左右に開く動作がありますが、これは競走馬の闘争心を掻き立てるもの。いつもは左右、片方ずつ手綱を開く操作を取る武豊が、この日は左右両方の手綱を同時に開く操作を見せました。NHKの解説を務めた、岡部幸雄氏が「まだ、まだ」と、仕掛けのタイミングに対して思わず声が出てしまった直後でした。



武豊のいつもとは違うこの操作に、ディープインパクトの走りにいつもの「彼らしさ」がなかったことを感じさせました。そしてレイルリンクに並ばれた彼には、もう差し返す気力は残っていませんでした。認めたくはありませんが、正直なところ形の上では、完敗。日本が誇る最強馬の夢が費えた、ショッキングな瞬間でした。



勝ち馬とディープの間に課された、3.5kgの斤量を敗因に挙げるのは簡単です。しかしながら2着に食い込んだ牝馬プライドとの斤量差は1.5kg。日本の牝馬と対戦するよりも0.5kg、ディープの方に有利な計算となってしまいます。斤量を敗因とするのは筋が違うといえるでしょう。そしてこれは、ディープインパクトに能力を引き出すことが出来なかった何らかの「理由」が存在することをも、同時に表しているのだと思います。



休み明け、初コースにして初の遠征競馬、体調。

ディープインパクトの敗因は上記のどれかであると考えられます。しかし、「タラレバ」が禁物の競馬のファンとして、恥を承知の上で敢えて彼の敗因を結論づけさせてもらうとすれば、傾奇者は「前述した3つ、全てが敗因である」とした上で、JRAの検疫制度そのものの弊害が「最大の敗因」であるとしたいです。



彼が遠征競馬でステップレースを踏めなかったのは、JRAの検疫制度の縛りつけ。遠征期間が長くなれ長くなるほど、帰国後の着地検疫に割かれる時間は長くなり、その分調教は出来なくなります。ディープインパクトが今回、滞在期間を予定よりも長く取っていたとするのならば、帰国時に行われる着地検疫の期間が延びる影響で、暮れの有馬記念出走はほぼ絶望的な状況に陥るところだったのです。



1ヶ月半も遠征期間をとっているのならば、ステップレースに使うのに充分な間隔なのでは? という意見が聞こえてきそうですが、ディープは充分な滞在期間を得ていたとはいえ、その期間内で凱旋門賞へ出走するためのベストなステップレース(フォワ賞あたり)へ出走するとなると、現地の水や馬場に完全に慣れる前の段階で出走することになってしまうので、レース後の疲労や脚元への負担(慣れない場所で走るのだから当然だ)を考えると大きな危険を伴います(遠征に際する長距離移動による疲労も付け加えるべきか)。仮にステップレースで好結果が得られたとしても、本番までのお釣りが残っていなければ意味がない。そんな危険を冒すぐらいならば、やはりぶっつけ本番のローテーションが最善の策となってくるわけです。



「伝染病などの予防なのだから仕方がない」とするのは、正しいようで実は間違いです。海外へ遠征した日本馬とは違って、例えば外国から日本へ遠征してきた馬に対しては、着地検疫の縛りつけは極端に緩くなります。調教も自由が約束され、2週間程度の短い滞在期間でも充分な調教が可能です。



一時的に海外へ飛んだ日本馬にはこんなに厳しいのに、常時海外へ居座っていて、「より伝染病を持ち込む確立の高い」外国馬に対しては、扱いがこんなにも寛容である現行制度の矛盾には、納得のしようがありません。



ディープインパクトと国内でディープインパクトを下した唯一の馬ハーツクライの再戦は、このまま順調に行けば暮れの有馬記念で行われるはずです。ファンの盛り上がる姿が目に浮かぶようですが、日本国内での1つの大きな催し物を実現させるためだけに、世界の頂点に挑むための下準備を怠る結果をもたらした事実だけは、絶対に忘れてはならない。




ディープインパクトのような怪物は、これから先何十年と現れないかもしれないのだから。