菊花賞を目前に控えた土曜日

「赤い大輪がうす曇りの京都競馬場に大きく裂いた!」
無敗で3冠馬を達成したシンボリルドルフには「史上最強馬」という言葉がよく似合います。スーパーカーマルゼンスキーや悲劇の超特急サイレンススズカ、そして怪物クロフネなど、「史上最強馬」と呼ばれるに相応しいパフォーマンスで時代を駆け抜けていった馬たちの数は枚挙にいとまのない事でしょうが、残した実績、戦績においてルドルフを上回る馬は果たしていたでしょうか? 無論、パフォーマンスという点においてもルドルフは前出の名馬たちと全く遜色ないどころか上回る部分も多いと思っているのですが、日本競馬史に3冠馬以上に歴史と権威のあるものはなく、その権威ある称号をしかも無敗でもぎ取ったというルドルフの実績は、その時点である種尋常でないほどの高みにまでその存在をのし上げていると思います。
同じ3冠馬であり生涯連体率100%を誇るシンザンが、ルドルフに限りなく近い存在といえるのでしょうが、ルドルフの菊花賞を観たかつてシンザンを管理した故武田文吾調教師は「シンボリルドルフシンザンを超えた」とはっきり口にしたといいます。「シンザンを超えろ」を合言葉に実に20年近く発展を繰り返してきた日本競馬界に出るべくして出た「皇帝」は、かつての名伯楽の目にも「史上最強馬」に相応しい馬に映ったのでしょう。

ルドルフのベストレースは?
という問いに、ファンであればジョギング状態でブッ千切った日経賞や初めて本気を出させたいわれている2度目の有馬記念を挙げる人が多いと思いますが、僕はあえて最初の有馬記念を挙げたいと思います。このレースの前走ジャパンCカツラギエースに初めて土を付けられたルドルフ陣営は、有馬記念での雪辱に燃えていました。しかもカツラギエースはこの有馬記念が引退レースで、この機会を逃せば一生カツラギエースに勝てなかった馬というレッテルを貼られてしまうという状況。この時点で、というよりも新馬戦を使う前から「史上最強馬」である自信と自覚を持っていたルドルフを管理する故野平祐二調教師は、レース直前、鞍上岡部幸雄に「借りを返して来いよ」と伝えました。野平祐二と同じくルドルフが「史上最強馬」であると自負していた岡部幸雄は、言われるまでもなくそのつもりでした。岡部幸雄はこのレースについて後にこう語っています。「強い馬は同じ相手に2度負けない。負けたらただの馬になってしまう」。レースにおいては常に沈着冷静なイメージの大きい岡部幸雄ですが、どうやらその胸のうちには灼熱のようにたぎる闘争心が潜んでいたようです。
レースは予想されたとおりカツラギエースが逃げる展開。他の馬に3、4馬身の差をつけてやや引き離し気味の逃げ。カツラギエースは逃げ馬であるそのイメージとは裏腹に番手からの競馬を多用していたように思いますが、ひとたび逃げればこういう逃げになります。そしてこれはカツラギエ−スにとっては理想的かつ自らの能力を最大限に引き出せる勝ちパターン。これを本命馬がみすみす逃す手はあるのか?
ルドルフの岡部はそのカツラギを目前に見る2、3番手の位置をキープ。カツラギの勝ちパターンを自分から崩しに行けるのはルドルフしかいないという展開ですが、岡部には全く動く気配どころか最初から動く気さえありませんでした。何故か? 岡部は後にこう語っています。
「完膚なきまでの強さで勝つ。カツラギにはだから100%の競馬をしてもらった」
G1を勝つような逃げ馬を楽に行かせることほど、危険なものはありません。それはジャパンCで身をもって思い知らされた事のはずでした。しかし当時のジャパンC菊花賞から中1週と万全の出来とはいえない体調での結果。この時のルドルフの充実振りは岡部の中に仮にジャパンCの時と同じような勝ちパターンに持って行かれたとしても大丈夫との自信を持たせたのでしょう。実際カツラギの逃げはジャパンCの時ほど大きな逃げになりはしませんでしたが、3、4コーナーの勝負どころまで完全にカツラギの勝ちパターンの展開になりました。
ルドルフはこの3、4コーナーで徐々にカツラギとの差を詰めていきます。後続は懸命に手を動かしてついていくのがやっと。前年度3冠馬ミスターシービーもこの時点で離されて脱落。そして迎えた直線。ルドルフはほぼ馬なりの状態でカツラギに並びかけ、坂下で苦もなく抜き去り最後まで鞭を使わずに楽勝。勝ち時計2分32秒8というレコードのおまけつきで、ルドルフは自身が「史上最強馬」である称号を取り戻したのです。
ルドルフのレースはつまらないとは現役当時から今にいたっても、よく言われる事です。それはルドルフの競馬が基本に忠実ないわゆる横綱相撲ばかりで見所が少ないからに他なりません。しかし横綱相撲でG1を7勝した馬などこれまでにいたでしょうか? 武豊スペシャルウィークで獲った秋の天皇賞や、横山典弘イングランディーレで見せた逃走劇は、レースの流れや展開を読みきった上での好騎乗によるものです。勝つためにいちかばちか極端な競馬をしてみるのは、普遍的な乗り方をするよりも失敗は多いはずですが、勝つチャンスは逆に膨れ上がります。それは勝つチャンスが少ない馬だからこそ取れる戦法ですが。
ルドルフはごく普通に競馬をしてG1を7勝しました。そのごく普通の戦法を取る事を可能にしたのは他の馬とはあまりに力が違い過ぎたからに他なりません。僕は先にルドルフのベストレースとして最初の有馬記念を選びました。それはこのレースでルドルフがごく普通の競馬をしたから。有馬記念という大レースであたかも平場の条件戦であるかのように、ごく普通の競馬をして楽勝してしまう、いや、この時のルドルフのレースぶりは調教の攻め馬のようにすら見える程に「つまらない」もの。この「つまらない」レースぶりこそがルドルフの「史上最強馬」たる所以。「つまらない」。この言葉とは真逆の衝撃的な強さがそこにはあったのです。


あれから21年が経ちましたが、ルドルフを超える最強馬にはまだめぐり合えていません。しかし、明日そのルドルフと肩を並べようとする優駿がいます。その馬は普通の競馬をしません。誰の目にも分かりやすい衝撃的な形で、ファンに自身の強さを知らしめることになるでしょう。