安田記念

"レース巧者"という鬼に金棒を身につけたウオッカに残された、恐らく唯一の弱点であろう大跳びであるが故の馬群に入ってしまった時の不器用さ。内の3番枠を引き当てたことはゲートの良い人馬にとり有利に働くはずと思われましたが、最後の直線では前が壁になり内も外も出られる状況にはなく、圧倒的人気を背負う馬の宿命と試練がウオッカに課されることに。他馬に翻弄されもがくウオッカを尻目にディープスカイがこの状況下でただ一頭、内側馬群のスペースを見つけ敢然と抜け出し、外からは後方で末脚を溜めたファリダットとカンパニーが先行集団に迫る。誰の目にも勝負はついたかに見えましたが、武豊騎手には確信があったようです。"スペースさえ見つけ出せれば間に合う"。直線入り口では後方に位置していたディープスカイにインを取られて自分は馬群の真っ只中。騎乗ミスというより他にない、非難は浴びても賞賛されるに到底値しない、天才らしからぬ乗り方。しかし、ミスの中にも確かな光明を見つけ出すのも天才の天才たる所以。自身も「意外に冷静でした」と振り返るとおり、残り200mを切るまで慌てた素振りなど全く見せず、ウオッカがその大きなストライドを存分に伸ばせるスペースを探しました。後方でスペースのない状況の中でも無理に突っ込んだがために躓き、審議の対象となってしまったスマイルジャック岩田康誠騎手とは対照的。
負けられない責任感も絶対に勝ちたいという欲望も全て打ち消して、あくまで騎乗馬の走りやすい状況を創り出すことに終始した、ミスからゴール板までの武豊のファインプレー。ことラスト400mの騎乗に限定すれば、素晴らしい騎乗だったと断言しても良いでしょう。流石。
しかしそれは全てウオッカの能力に依存された評価。"馬に助けられた"。まさにその通り。常識外のレースはこの最強の名牝がその超弩級の実力で彩ったものに違いありません。ドバイ遠征での滞在を経験したことにより、類稀なる競走能力にどっしりとした精神力が兼ね備わって、サラブレッドの理想型と呼べるまでに成長しています。レース後武豊騎手は「この馬よりも強い馬がいるのかなと正直言ってそう思います」と大勢のファンの前でコメント。あのディープインパクト春の天皇賞でこれも常識外の競馬をして勝ったレース後のコメントとダブります。衝撃の英雄の背中を唯一知る男が、この牝馬の能力がもう最強馬の域にまで上り詰めて来ていることを肌で実感しているのでしょうか。ここへきて宝塚記念への出走が陣営から示唆されているようですが、直線でその雄大で軽やかな四肢を最初から最後まで気持ちよく伸ばすことが出来れば、衝撃の名牝伝説が後世に語り継がれる場面が生まれるかもしれません。とにかく、ウオッカは強かった。